メディア初登場?

若い頃から、被写体側になるのがどうも苦手で。裏方が好きなんだ。

とはいえ、コロナ禍による経済への影響は深刻。飲食店の苦境。そして同舟となる酒販店さんの苦境に心が痛んだ。

全く無名のバートのワインを扱っていただいている酒販店さんのことを思うと、もはや今までのスタンスを続けることは単なる我が儘としか思えなくなっていた。

自分が露出を増やすことにより、取引先の売上に少しでも貢献できるのなら、と思い地元のケーブルテレビUCVの取材を受けることにした。

正直、居心地悪い。気恥ずかしい。

UCV(上田ケーブルビジョン)のHPです。

ちなみに、10月28日夕方のNHKニュースでも紹介していただきました(長野のローカル枠)。

畑の周りは城だらけ。

昨日は「全国山城サミット上田・坂城大会」が主催する、山城ガイドツアーの真田コースに参加してきました。

楽しかった。※コロナ禍なので仕方ないのだが山歩きにはマスクがキツイ。

場所は、戦国好きには有名な「砥石・米山城跡」です。

山容はこんな感じ。毎日見ている。

昨年5月の写真。背後の山容すべてが山城となる。

歴史上の詳細は長くなるし専門家でもないし特別なマニアでもないので省くが、真田家にとってターンイングポイントとなった拠点であり、武田信玄ファンにとっても記憶に残る山城だ(ディープな歴史ファンには村上義清で知られる)。

主郭の見晴らしは絶景。往時は木々が伐採されていたからなおさらだろう。

おどろいたのは、500年近くも昔の構造が色濃く遺っていて妄想がしやすいこと。これはハマる。

当時は石垣はほぼ無く殆どが土塁なのでこれは珍しい。

曲輪(くるわ)とよばれる遺構がひじょうに良く遺っているし、この山城は特に圧巻の規模だった。

時代は異なるが、幕末好きにお馴染みの佐久間象山が学問のために通った道も遺っている。

もっと写真は撮ったけど、きりがないのでこの辺で。

で、なんと言っても嬉しかったのは、この山城群の北側にある枡形からの眺め。眼下に真田の郷が一望でき、なんとウチの真田ヴィンヤードが丸見えなのだ。

黄色い○が畑の場所。陽あたりいい。

で、改めて城跡を調べてみたら、畑の周囲は山城だらけだった!

これはおもしろい。

なんとなく知ってはいたけど、これほどとは思わなかった。北は越後勢、東は上野(こうずけ)勢、南は甲斐勢。それらの勢力が常にこの地を抑えたかったほどの要衝だったという。戦国期のスクランブル交差点。

ちなみに、なぜ西からはこなかったかというと、大河の千曲川があったからのようだ。昔は水量がずっと多く、常に洪水に見舞われていたため、自然の要害となっていたのでしょう。

そんな事情もあり、往来は北・東・南からの山越えが常識だったようで、真田地域は峠越えの街道が合わさる地域だったみたい。

何はともあれ、畑の周りも面白そうだ。

会話

今日・明日と防除作業の予定で、まず今朝は真田ヴィンヤードの防除を終えた。

4:30起床で真田に向かい、5時過ぎにスタート。なるべく涼しいうち、できれば6時台に終わらせたかったけど中々思うようにはいかなかったが、太陽が強くなってくる前の7時過ぎにどうにか完了。終わってから後片付けや掃除、洗濯をしているとあっという間に時間が過ぎ、8:30ごろにようやく朝食にありつく。もう今日は休養とする。明朝は殿城ヴィンヤードの防除作業もあるし。

一昨日の日曜日。友人が手伝いに来てくれた。

実ベトの病害で惨憺たる状況のメルロ。8月にはいってからずっとこの病果とりを続けているのだが、見かねた友人がボランティアをかって出てくれたのだ。

コロナ禍以降、自粛が常態となっている世の中だが「自分にはさほど影響が無いだろう」と思っていた。

子どもの頃から黙々と細かい作業をするのは好きなので、今回も「どうせ何処にも遊びにいけないから農作業をやっていればいい」と鷹揚に構えていた。

ところが、この病果とりを延々と続けていると、どうしても鬱々としてしまう。天候のせいにしたところで何にもならない。黒い病果のかたまりを前に下を向く日が多くなり「自分の判断ミスもあったかな」とか、余計な考えがぐるぐる巡っていたり。

考えてみると、去年までは疲労がたまったりすると、ふいにドライブに出掛けたり、美術館に行ったり、温泉に行ったり、ワイナリーに行って誰かと話しをしたり、知人に会いに出掛けたり、と、気まぐれながら定期的にリフレッシュしていた。

結局、知らず知らずのうちに人に会いに行っていたんだろうな。

一昨日は病果とりの作業をしながら友人と会話をする、というシチュエーションにとても癒された。いつもより疲れにくいのだ。心が軽くなってくるのが実感できた。

元々あまり自分から多くの話しをするタイプではないのだが、自然と饒舌になっている自分に気づきおかしくなった。

会話って、大切なんだね。

一人でいるのは好きだけど、独りでは生きていけないようだ、人間は。

今さらながら気づかされた。

60年以上生きていても、まだ知らない自分に出会えた。

プッシュ母体の変化

はっきりと記憶にあるわけでは無いが、もう15年ぐらい前だったろうか?

40代も半ばを過ぎた頃で、だんだん広告業界がイヤになってきていた。

当時、ネット広告が存在感を増し始めてきたころで、広告やマーケティングの中でよく「プル型」「プッシュ型」という表現が専門メディアで取り上げられることが多かった。

制作側である自分の仕事は、受け手側に「感じてもらう」キャッチコピーやビジュアル、あるはデザインで仕掛けるわけで、主導権はあくまで読者や視聴者など広告を見る側にあった。これがプル型。

プッシュ型はその反対。

見たくもない、興味も無いのに、どんどん広告が追いかけてくる。

チラチラした目障りな動きが、無防備にマウスを持つ手やタッチパネルの指を誘う。

バナー広告には「デザイン性」は必要無い。いや、必要なんだけど、それは自分がこだわってきたデザインというものではなく、「目障りな仕掛け」なのだ。

袋文字、影文字、過剰な装飾を求められ、派手な色づかい、キラキラした発色、煽りの言葉。

イヤだったな。

だが、時代はネット広告全盛となる。紙媒体の仕事が減る一方、イヤイヤ始めた小さなネット広告の仕事がコンスタントに入ってくるようになる。皮肉にも、リーマンショック後は危機に陥っていた会社に欠かせない仕事になっていった。

その後は、通信及び機器の大容量化と比例し、ビジュアルもどんどん表現領域が広がり、今では若いクリエイター達が次々と登場し素晴らしいクリエイティブを生みだすようになってきたが、広告表現の「過剰性」「装飾性」「煽り」は定着してしまった。主だった関係者を説き伏せられる結果(数字)を出せるのだろう。

いまでは、ムーブメントは「作れる」ものだと思うようになった。大量にプッシュすればいい。人目を惹く強烈なインパクを提示できればいい。

共生、共感という言葉がよく使われる。でもそれは、人為的に作られるケースが多い。(故に、民衆レベルから自然発生したムーブメントは魅力的だ)

あろうことか今、国家レベルでムーブメントを作ろうとしている。プッシュプッシュだ。

キャンペーンはセンスがなければ成功しない。

Go Toって。

ひと段落

苗植え終了。なんとか体力もった〜〜〜!

昨日、家の近くの新しい畑でメルロを定植。「cafeあんこ坂」さんの目の前にある陽あたり抜群の畑。強粘土で硬いけど、土の管理をしっかりやっていけばこれまでの経験からメルロは良いものが出来ると思う。

1〜2月の驚異的な暖かさから、今シーズンは生長がかなり早く進む可能性があると思っていたけど、3月中旬から4月上旬の寒さがあって、結局すこし早めという程度だ。

この先も補植や挿し木、育苗など作業はいっぱいあるけど、何はともあれひと段落。

芽もふくらみ始めた。

草刈りも進めなきゃ。

農繁期本番。

コロナは心配だけど、きれいな空気の中で体力使う農業って、免疫力を上げるのにいいと思う。ストレスも溜まらない。それに、農村って人と接する機会が少ないし。

出口が見えない現状。外出自粛で平常心を保つのが難しい今。それぞれが、それぞれの場所で、それぞれの思いを抱えに苦心していると思う。

医療はもとより感染防止に携わる仕事の方々の奮闘には頭が下がるばかりだ。

いまは自分に出来ることを淡々とやる。

今日は、休養が仕事だ。

農家も困った。

おとといからリースリングの苗植えを始めた。

続いてシャルドネ、メルロを定植。続いて補植を合わせると、今年の苗植えは800本近くなる予定だ。

ぜんぶ去年から計画・準備をしていたものだが、苗植えは「ボランティアさん」を想定(期待?)していた。

それがいま、コロナ禍。

誰にも声を掛けられない。一人でぜんぶやらなきゃ。早くも全身筋肉痛。

今回の新しい畑は集落の真ん中なので、「村おこし」のためにも地域の皆さんに参加していただいて、盛り上げていこうかなぁ、などと密かに計画をしていたが、それらも「おじゃん」だ。

こんな小さな、一人でやっている農家にも影響がある。

外国人労働者に頼らざるを得ない高原野菜の農家さん。量産化にシフトしている農家さん。かなり深刻だろう。後継者不足という現実も迫っている。

農家もコロナ禍で疲弊する。

STAY HOME

今朝から本降りの雨。

個人的には恵みの雨かな。ちょっと肉体的な疲労が重なってきた。

少し「身体が重いな」と感じると、こんな状況だから「大丈夫か!?」と変な勘ぐりを自分にしてしまう。このところ妙にマメに体温を測ったり。

長野県内もジワジワと感染者が増えている。今のところ上田保健所管内では1名のようだ。

県内の感染者のほとんどは大都市圏への滞在歴があったため、今回の緊急事態宣言の対象地域を全国にしたのは悪くない判断だと思われる。

大変な状況だが、戦中を経験した高齢者を除き、現代を生きている我々には初の試練だと思うしかない。

特別「人ぎらい」ではないものの、一人でいるのは好き。家で黙々と何かをやっているのも好きな時間だ。それに、一日中誰とも話しをしない屋外の畑仕事に日々追われている。STAY HOME、ずっとできるよ。

IMFのコメントで「この3ヶ月で世界は劇的に変わった」とある。その通りだろう。

自分を救ってくれたアートとワイン。皮肉なことに両方とも経済状況に大きく左右されるマーケットだ。ワインは売れなくなる。生活に必要ではないアートも。廃業者は増えるだろう。

この苦境をどう乗り越えるか。地方の片田舎で雨音をBGMに考え続けよう。

受け入れる

自分の人生のターニングポイントとなった言葉。今も役に立っている。平静を保てる。

新型コロナウイルス。もはや誰にも止められない。いま人間にできることは可能な限り手を尽くす防止策だろう。

以前にも書いたかも知れないが、年末年始は「読書期間」ということで本を買いだめしておく。

そのうち3月始め頃から読み始めていた一冊が「土と内蔵」。

ワインを知るようになると、また農作物を真剣に作り始めると、微生物の存在の重要さに驚かされる。そのためもあり、ときどき難解ながらもこんな本を読んでしまう。

いまさらながら、突きつけられる現実に唖然とする。

私たちを含む地球上の生物はすべて、DNAまでをも「微生物に支配されている」という事実。生命活動はおろか、石油や天然ガスも、空気中の窒素も。

コロナショック、どうするか。いや、どうしようもない。

現実を受け入れるしか。

もちろん手洗いは必須。でももっと大切なのは体調管理かも。とにかく抵抗力が必要だ。そのための栄養の摂取。睡眠。筋肉量を増やす。休養。

体内の微生物にしっかり抵抗してもらおう。これしかない。

心身に不安を抱えたら抵抗力が落ちるぞ。

人生と人類の危機

いま生を受けている世代にとっては、この「人類の危機」という表現を使ってもいいのかもしれない。

奇しくも昨年末から1月に読んでいた「サピエンス全史」の著者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏が今日の日経新聞に寄稿していた記事で指摘していた。

個人的には、バブル崩壊を乗り切ってV字回復し、リーマンショックでは息も絶え絶えながら生き延び、その後に飛び込んだ農業・ワイン・アートの世界でどうにかスタートを切ることができたこの頃だ。

が、そのターニングポイントと捉えていた2020年に新型コロナウイルスが発生するとは予想だにしなかった。

リーマンショックのときは世界経済も自身の経営にも強烈なダメージを及ぼしたが、今回のコロナ余波はそれを上回るとの意見に多く触れる。そして前述の「人類の危機」という指摘。

日々刻々と変わる状況。

自分の人生を大きく変えたリーマンと東日本大震災。

それを上回るかぁ、、、キツイなぁ。

今できること、準備しておくこと。思考の転換が必要かもしれない。

「もう経済や人間関係であくせくするのはイヤだ」と公言していたが、どうやら静かに余生を過ごすという選択肢がなくなりそうな勢いだ。

明けない夜は無い、と言う。たとえ新型コロナウイルスで世界中の人々が数十万人単位で亡くなろうとも、人類は存続し続け、世界の仕組みは維持されていくのだろう。

だが今、自分も含む周囲の人々、見ず知らずの多くの人生は、ある日突如として終わるのかも知れない。

危機感は日々アップデートせざるを得ない。

それでもやはり、可能な限り前向きに生きる。

思考の転換。人生設計の転換が迫られている。